ShortStory

[Menu][MainMenu]

AndSo

 控えめなノックの音で目を覚ました。窓から射す光はまだ明るく、よくこんな眩しい所で寝られたな、 と漠然と思う。しかし短い時間だったが熟睡できたらしく、散々動いた身体の疲れはすっかり取れていた。 が、何となく面倒だったので返事をしないままでいたら、もう一度扉を叩く音が聞こえ、 僅か後に静かに扉が開いた。
「……いるのならば、返事くらいしてくれないか」
 ベッドの上に潰れたように寝転がっているスカサハの姿を認めたセティは、 部屋に入ってくるなり半ば呆れたように言った。
「……あ。ああ、悪い」
 言われて、起き上がると大きく伸びをして、もう一度ばたり、と仰向けに転がった。
「疲れているのかな、もしかして」
「んー、一眠りしたから大丈夫。さっきまでラクチェの相手してたんだけどさ」
「ああ、」
 寝ていたんだ、と呟いて、
「それは失礼」
ベッドの縁、丁度スカサハの枕元にセティは腰掛けた。
「構わないさ。あまり怠けている訳にもいかないだろうし」
「……忙しい、のかな?」
「俺? いや別にそういう訳じゃないけれど……」
 返答に詰まって言葉を濁す。セティも、何かを考え込んでいるように黙り込んだ。
 少しの沈黙の後、
「この戦争が終わったら、君はどうする?」
不意に、訊かれた。スカサハは、ごろん、と寝返るとセティを見上げる。 肩越しに微かな笑顔と視線を返してくる彼の様子に、一瞬妙な違和感を覚えた。
「どう……って、イザークに帰るよ。国の建て直しの手伝いをしなきゃ、な」
 圧政の挙句に起こった叛乱と戦争。その為に混乱する世界を鎮め、もう一度築き上げる必要がある。 自分だけではなく、ここにいる総ての仲間達がそれを成す為に戦っている。 目の前にいるセティも例外ではない。しかも彼は、
「おまえも、だろ? 王子様」
 その言葉に、不快そうに眉を寄せたセティは、僅かに視線を外す。 そう呼ばれる事は好きではないらしい。そう聞いた事があるのを思い出した。 国を追われて尚纏わりつく王子の名、それ自身を煩わしく感じた事はない。 滅多にそう呼ばれた事はないし、その名があるから強くなれた気がする、と。 では何故か、と訊ねると、落差を感じるからだと答えた。 君と同じ場所にいたいだけだよ、等と恥ずかしい台詞を吐かれた覚えがある。
「訊きたいのはその後だよ。国が復興して、或いはその目処が立って落ち付いたら、どうするのか」
「後? まだ考えてないけど。……もしかして、」
 言って上半身を起こすと、向こうを向いたままのセティの肩を抱き寄せた。 不安定な体勢を、スカサハの胸に凭れる形でセティは支える。
「一緒に来て欲しい、とか?」
「逆」
「……は?」
 瞬間、意味を取りかねて茫としたスカサハの身体が僅かに動いた。 それによってバランスを崩したセティはそのままベッドに倒れ込む。 先程とは反対に、セティが少し乱れた前髪を払いながらこちらを見上げる。 その瞳は笑顔はまるで、――泣き出しそうで。
「ちょっと、」
「そうだね。出来れば、あまり傍にいて欲しくない、かな」
「それってどういう……じゃなくって」
 吐かれる言葉を、セティは唇で遮った。短いが深い口付けの後、縋るように首に腕を絡ませ、 首筋に顔を埋める。
「……時々、予想がつかない行動をとるよな……」
 呆れたように呟きながらスカサハはその細い腰を抱き寄せた。低い姿勢でいるので、 殆ど身体の下で半端に抱きかかえる形となった。体勢的にはかなり辛いが、
「……ごめん……」
囁く様に言われて、そのままを維持することにした。やはり、様子が少しおかしい。 いつ頃からかそういう関係であるから、 二人きりの時に抱き合ったりキスしたりはよくと迄は行かなくともする行為ではある。 が、今日のこれは。
 少し考えて、もしかして、とスカサハは思い付き、
「……ちょっと、」
悪い、と身体を起こしてもしがみついて離れようとしないセティを抱き直す。 楽な姿勢をとると、その背中を軽くぽんぽん、とあやす様に軽く叩いた。 悲しい時、寂しい時、辛い時。幼い頃、落ち込み泣き付く妹をそっと抱きしめ、 同じようにしてやった事を思い出す。今の彼は、あの時の彼女とまるで同じだ。
 ――いや、
こっちの方がまだ質が悪い、と思い直した。彼のこの行為は癒される為のものではないから。 多分、その心を癒す為の方法を知らないのだ、と。
 僅か後、ゆっくりと離れたセティは少し驚いたような表情でスカサハを見、そして、苦笑した。
「……子供みたい、だ」
「たまにはいいだろ」
「そうやって、君が甘やかせてくれるから、」
 そこで、言葉が途切れる。短い、沈黙。
「……頼り過ぎて、自分が弱くなって行く気が、する」
 小さく呟かれる言葉に、スカサハは眉を顰めた。
「だから、『傍にいて欲しくない』、か」
「そういう事、かな」
 本人はいつも通りのつもりだろうが、無理矢理に作ったようにしか見えない笑顔を浮かべるセティに、 溜息を一つ吐いた。初めて会った時の彼は、英雄であった。
支配下の民衆を助けるべく、彼らを率い、マンスターを護る、勇者。 力だけでなく、精神的な強さも持ち、それでいて穏やかで人々の信頼も厚い。 完璧、とまでは行かなくてもそれに近いであろうと感じた。が、彼が解放軍に加わり、 親しい付き合いを重ねる事により、次第に歪んだ完全さに気がついた。 無意識に人々の期待に応えようとし、 強く在ろうと思うあまりに他人に頼る事をあまりせず余計なものまで背負い込んでいる事、 そしてそれに本人が全く気付いていない事。いつか潰されるのではないか、 そう思ったがなかなか言えずにいた矢先に。
 ――どうしてもっと、
 早く、こうなる前に言っておかなかったのか。いや。 言ったところで「そんな事はないよ」と躱されるのがオチだ。
 例えば、解放軍のリーダーであるセリス、彼は一国だけでなく、大陸の民総ての希望を担っている。 が、彼がその期待に押し潰される事も無く強く在る事ができているのは、きっと逃げ道を知っているから。 いざ辛かったりする時に、それを吐き出す相手が傍にいるからだ。 それは後見のオイフェやシャナンであったり、物心つく前から一緒に育ってきた幼馴染達であったり、 解放軍蜂起後集ってきた仲間であったり。けれどセティには、その逃げ道が無いのだろう。 或いは、それを作る事も知らずに今迄やってきたのかも知れない。
 ――だから真面目過ぎるって、
 重い沈黙に潰されたかのようにセティは、 もう一度顔を埋めるようにしてスカサハの肩に凭れる。そんな彼を優しく抱くように背中に手を回し、 静かに、囁くようにスカサハは言った。
「強く在る為に、時々他人を頼る事……甘える事だって大切だろ」
 肩口で身動いだ。首筋に触れる柔らかい髪に頬を寄せ、続ける。
「強がって、強い振りして頑張って、我慢し過ぎて、……潰されたら、どうしようもないだろ」
「……そうかな」
「そう。辛かったり大変だったりする時は、ひとりで沈んで悩んでなんかいないで、 俺だって他の誰かだって良いから巻き込んじまえって。折角周りにたくさん人がいるんだからさ。 良いんだよ、そうしたって文句言うヤツなんかいないんだから」
「……そう、だね」
 くすり、と微笑う気配がして、そっとセティの手がスカサハの背に回った。
「で、だいたいおまえって、」
真面目過ぎ、と突然腕を伸ばすとセティの髪をがしがし掻き乱し始める。
 慌てて身を起こしたセティは、一言、
「……びっくりした」
乱れた髪に触れながら言った。
「人の事は言えないね。君の行動もかなり突飛だ」
「そうでもないと思うけど。いきなりキスしてくるよりは」
 言われて、セティの頬に薄く朱が走る。
「構わないだろう、別に」
「構わなくはないぞ。何せ、続きがしたくなるから」
 にやりと笑うスカサハの言葉に、余計に赤面しつつも肩を落としてそのままベッドに崩れる。
「……君ねぇ……」
 呆れた様に呟いて、スカサハの首に再び両の腕を絡めると、そっと唇を重ねる。
「君を好きになって正解、だったのかな」
「それは光栄だな」
「何だか、まるで兄ができたようだよ」
「……は?」
 今度はスカサハの方が肩を落とす番だった。その様を見て、セティがくすくすと微笑う。
「……何だよその『兄』って」
「自分より年上の男の兄弟、かな」
「……お約束通りの答えを有り難う……結構余裕有りそうだな。 さっき迄切羽詰まった様な顔してたくせに」
「君にいろいろ言って貰えたから。すっきりした様だよ」
「それは良かった」
「……最初から、こうしていれば良かった」
「今頃気付くな」
「……そうだね……」
 そう言って、セティはそっと目を閉じた。互いの顔が少しずつ近付いたその時、
 ぱたぱたぱた。
 元気な足音が聞こえてきた。続いて響くやはり元気に扉を叩く音に、二人は慌てて身体を起こす。と、 何かがぶつかる鈍い音がした。
「スカサハ、いる?」
「……どしたのお兄ちゃん。というか二人とも」
 扉を開けて、ひょいと顔を覗かせたラクチェとフィーの見たものは、 「痛たたた……」と口元を押さえながら立ち上がりかけたスカサハと、 ベッドの上に肩を震わせ笑い崩れたセティの姿であった。
「いや、何でも、無いよ」
 笑いながらのセティの言葉に、彼の妹達は、不思議そうに首を傾げながら顔を見合わせたのだった。
Update:----/--/--
←sympathy | ↑Menu | StillForYourLove→