ShortStory

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sympathy

「――スカサハを見なかったかな」
 廊下の隅で談笑してた少女達に、セティはそう声をかけた。その問いにぴたりと会話を止め、 まじまじとこちらを見つめる彼女達に、セティは失敗した、と感じた。声を掛ける相手を間違えたと。
 案の定。
 驚愕或いは歓喜から来る悲鳴が、少女達の口からあがる。
 え嘘やだセティ様どうしようセティ様に声掛けられちゃったみんなに自慢しちゃおうよねえ――
 こちらの存在を認識しているようで全く無視をした会話を交わしている少女達に、 邪魔を詫びる言葉だけ残してセティはその場を後にした。
 先程声を掛けた青年達にも、似たような反応をされた。
 セティは誰にも気安く声を掛ける。幼い頃からの逃亡生活に始まり、 父親捜しの旅にレジスタンスとしての活動など、市井での生活が長かった所為だ。その時は身分を隠し、 または明かす必要がなかった為に周囲の人々は自分達と同等の立場の人間として扱われていた。 最後の方ではレジスタンスのリーダーとして、若干改まった態度をとられるようになったが。
 一方ここでは、最初から彼を飾る様々な肩書き――マンスターの英雄、シレジアの王子、 フォルセティの後継者、等――ありきで人物を見られていた。この軍には盟主セリスを始め、 本来ならば王族或いは貴族と呼ばれる身分の者も多く所属しているが、 それでも大多数は解放軍に賛同して集まった一般人だ。畏敬や憧れの目で見られることは仕方がない。 当初のように一挙手一投足を注視される事がなくなっただけましだと思うようにした。
 次からは、逐一騒がない、見知った者に声を掛けるようにしよう。 それ以前に本人が見つかってくれればいいのだが。思いながらセティは歩みを進める。数日前に制圧し、 以前には当然ながら来た事はない、滞在を始めてからも必要な場所しか通らない城内を右往左往しながら、 やっと最適な人物を見つけて声を掛ける。
「レスター、デルムッド」
「ああ、セティ様」
 呼ばれてレスターはこちらに笑顔を向け、デルムッドは真面目な表情で会釈を返してくる。 スカサハの幼馴染で親友とも言えるだろう二人は、彼と一緒にいることも多い。現に、 今日最後にスカサハを見掛けたときは、彼らと共にいたのだった。
「スカサハを捜しているんだが……一緒じゃなかったか?」
 尋ねた二人は僅かの間、顔を見合わせて、やはりレスターが口を開く。
「おそらく、城の裏手にいると思います。皆で剣や弓の稽古をしていたのですが、 珍しくスカサハに負け続けたラクチェが意地になってしまって、」
「わかった。有難う」
 最後は苦笑交じりになった表情に同じく苦笑いと礼と踵をセティは返した。
 ラクチェの負けず嫌い振りは、最近解放軍に加わったセティですら理解できている。 双子の兄が絡む事なら尚更酷くなるのもまた。 双子だとやはり強いライバル意識を持つものかとふと呟いた時に、 傍にいた彼女らの従兄であるシャナンが、兄離れ妹離れができていないだけだと応えてくれた。 昔はもっと酷かった、 一緒に過ごしていた子供達をスカサハが構おうものなら有無を言わさず引き離していた、 だいたいスカサハも甘やかし過ぎだ、等々。近しい人間を甘やかすのは、 決して妹に対してだけではないのだろう、と自分に対する彼の態度を思い出し、 セティは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「あ、お兄ちゃん!」
 階段を降り切り一階ホールへ入ったところで、声を掛けられた。見ると、 小走りに向かってくる妹とその後ろに彼女の友人達が笑いながら歩いてきていた。 その中にラクチェの姿を見つけたセティは、傍にきたフィーに
「スカサハは一緒じゃなかったのか? 捜しているのだが」 と本日何度目かの問いを口にした。
「スカサハ? さっきまで一緒にいたって言うか、ラクチェと」
「スカサハがまた何かしたんですか?!」
 フィーの言葉を遮って、後ろからラクチェが頓狂な声をあげた。
「い……いや、何もしていないよ。私からの用があって捜しているだけで」
 言うと、いかにもほっとした様子でラクチェは「良かった」と息を吐いた。
「時々突拍子のないことする兄ですが、よろしくお願いします」
 そう、頭を下げるラクチェに思わず、
「あ、いえこちらこそ」
倣って頭を下げた。
「うん、ちょっとそこ意味わかんないから。でもって、 突拍子のないことするのはうちのお兄ちゃんも同じだから。っていうかお兄ちゃん、 スカサハの行方捜してたんじゃないの?」
 口調はふざけているが冷静なフィーのセリフに、セティは笑うしかなく、 それはラクチェ他の少女達も同じだった。
 ひとしきり笑いのおさまった少女達から聞けた情報というのはしかし 「一足先に戻っちゃったからわからない」という事だった。お城の中にはいるはずだから、 という言葉を頼りに、もう一度広い城内を歩き始めた。
 階段を昇り切って、最後のフロアへ辿り付いたところに、
「あれ、セティ?」
 一歩引いた位置にオイフェを従えたセリスと、同じようにフィンを伴ったリーフに会った。
「セリス様。リーフ王子も。どこかにお出掛けですか?」
「うん、ハンニバル将軍のところに。暫くバタバタしていて、きちんとした話もできなかったからね」
 先日解放軍に加わった元トラキアの将軍の名を告げる。トラキアの盾、との異名を持つ重装将だ。 若い兵士が多いこの軍には、経験の豊富な熟練した軍人が欲しいところだと、 何かの折にセリスがぼやいていた覚えがある。彼ならまさにうってつけだろう。 王より居城を下賜され重歩兵を中心とした一軍も与えられ、他国の侵略を悉く撥ね返した名将ならば。
「ところでセティ、スカサハに会った?」
「え?」
 急な話題転換と口にされた意外な人物名に、セティは一瞬何の話をされているのかわからなかった。
「君の事を捜していたみたいだけど。午後から私のところへ君が来ていた事を知っていたようだから、 訪ねて来たんだろう。――その様子だと会ってない?」
「ええ、まだ。実は、私も彼を捜している最中で」
「あ、そうなんだ。セティは私の用が終わった後にレヴィンと一緒に出て行ったよ、と伝えたから、 レヴィンのところに行ったかも知れないよ。本当についさっきのことだから、まだいるかも」
「あ、有難うございます。行ってみます」
「うん」
 セリスと残りの三人へ深く礼をし、逸る気持ちと足をなるべく落ち着かせる努力をしながら、 セティは言われた場所へと向かった。
 最初の角を曲がったところで、漸くセティは目的の人物を見つけることに成功した。 向こうを向いている事が幸いとばかり、 足音――足元が毛足の長い絨毯であることに助けられた――と気配を殺して背後に忍び寄る――が。 不意に振り向かれた為に、敢え無く失敗に終わった。
「……誰かついてきているなと思ってたら……」
 意識してかどうか大きく溜息を吐くスカサハに、セティは近付いて、その首に自らの両腕を絡ませた。
「捜していたって、セリス様に聞いた」
「ああ。っていうか、顔近いんですが」
「近づけているからね。気にしないでくれて構わないよ」
「気に、なりすぎるんですがっ」
 鼻先が触れそうな距離で話す内容ではない、とスカサハはセティを引き離す。いいじゃないかケチ、 という言葉は黙殺した。
「まぁ、いいけれどね。それで、どういう用事だろう?」
「あ、……ああ……。いや、大した用事じゃないんだ。というか、もう済んだ」
「何だそれは。そういう、中途半端に思わせぶりな事は言わないで欲しいのだけれど」
 下から顔を覗き込んでくるセティに、スカサハは身体ごと向こうを向いた。一瞬捕らえた表情、 及び後ろから見える耳が真っ赤になっている様子に。
 ――ああ、これは。もしかして。
 お互いに話す事も身動ぎする事もなく、暫くそのままでどのくらいか。不意に、 呟くような声が聞こえた。
「ただちょっと、会いたかっただけで」
 その言葉を理解した瞬間、勝手に身体が動いた。目の前にある腕を捕らえ、指を絡めて一言。

「――私も、会いたかった」

 その為にずっと、捜してた。
Update:2011/11/27
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